東博の顔真卿展、これは見逃せません。

 
 四角な冬空 万葉集にはなき冬空     (加藤 楸邨)

 これは面白い作ですね。タワービルが建ち並ぶ品川あたりの情景を思い浮かべるといいでしょう。大岡信さんも「折々のうた」に選んで、「短句よく現代の空間をとらえて、ほろ苦い諧謔もある」という流石の鑑賞をしています。

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 現在、上野の東博では「顔真卿ー王羲之を超えた名筆ー」展を開催しています。東博では、あれは2012年でした、「書聖 王羲之」展を開催して、書道史上の最高傑作と言われる「蘭亭序」のいくつものヴァージョンを展示しました。これを観て書道の世界にはまったく疎い当方など、お陰で少しばかり「書」に開眼することが出来たと思っています。いや「開眼」といっても、字が上手になったわけではありませんよ(笑)、書の世界の魅力を知ることになった、というくらいですが。

 今回は、唐の時代の顔真卿が主人公です。勇んで、上野のお山に出向き、平成館を訪ねました。

 以下は図版の接写が続きます。展示の最初のセクションは、「書体の変遷」と題されて、殷の時代の甲骨文に始まり、篆書(てんしょ)、隷書(れいしょ)と展開するのが示されます。秦の時代の公式書体が篆書で、後漢の時代の公式書体が隷書なのだそうです。草書や行書というのは、隷書を速書きしたもので、公式書体ではありません。楷書は、草書がいわば「固まった」スタイルなのですね。(僕は、楷書を崩して草書が生れた、と思いこんでいました。無知でした。)そして楷書が、唐の時代の公式書体となったわけです。

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 その楷書のスタイルの完成に大きく関わったのが、唐の太宗皇帝に仕えた三人の書家ですが、まず虞世南(ぐせいなん)(558~638)の書いた「孔子廟堂碑」をご覧ください。

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 二番手は欧陽詢(おうようじゅん)(557~641)です。これぞ楷書、という感じ。理知的な厳しさをたたえて「楷書の極則」と評されたそうです。代表作の「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)」、ふたつのパターンをどうぞ。

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 三番手が褚遂良(ちょすいりょう)(596~658)です。図録の解説には、「細身ながらもしなやかで躍動感があり、初唐の黄金時代を象徴するような、華やかで艶やかな書です」とありますが、その通り。僕は一番好きですね。代表作の「雁塔聖教序(がんとうしょうぎょうじょ)」、そしてかの「蘭亭序」を彼が模したものをご覧ください。

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 そして彼ら三人の後に、いよいよ顔真卿(709~785)の登場ですね。褚遂良没後、半世紀がたってから生まれました。このひとは書家であると同時に、若くして科挙に合格して官僚となり、唐に仕える役人で武人でもあったのですね。あの安禄山の変では反乱軍の鎮圧に功を収めたそうです。「顔法」と呼ばれる独特の筆法は、「力強くおおらかで親しみやすい」とされます。図録に載るイラストと、これぞ顔真卿という書体の「郭虚己(かくきょき)墓誌」です。

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 今回の企画展の目玉になるのが、台湾の故宮博物館から貸し出された「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」です。これは、その安禄山の叛乱の際に顔一族が結束して戦ったとき、従兄の息子が若くして殺されてしまうのですが、その彼を悼んで綴られたのだそうです。「嗚呼哀哉(ああかなしいかな)」なんて文言もあって、「感情をストレートに表出した激情の草書」と言われます。

 これの展示されたコーナーは長蛇の列。「60分待ち」という掲示があるので、実物を鑑賞するのは諦めました。中国からの観光客も大勢来ているようで、彼らは文字を読んでいるせいもあるのでしょう、なかなか動いてくれないのですね。ちょいと「困りものだな」、でした。

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 さらに顔真卿の書を。「祭伯文稿」、「争坐位稿」、そして「麻姑仙壇記(まこせんだんき)」です。うーん、「王羲之を超えた」かどうか、それは好みによる、のでは。最後に、石川九楊さんの評価を引きますね。

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 展示は他に、唐の時代以降の書の展開を、北宋や清の時代のものを中心に紹介したり、また日本に書がもたらされて、いわゆる三筆(空海・嵯峨天皇・橘逸勢)に三蹟(小野道風・藤原佐理・藤原行成)らを生んでゆきますが、彼らの書も並べられて見応えあり、です。

 しかしまあ、書の画像ばかりが続きましたので、それらは省いて、一枚だけ、清の時代の、何紹基(かしょうき)の楷書作品を紹介して、おしまい、とします。これを観て、親戚の小学四年生の遼クンの教室に貼りだされていたものと変わらないなあ、と思ったのは、正直なところです(笑)。

 ただ、顔真卿展、観ておいて損はない企画展でしょう。

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 お別れの引用句、書道史の批評的研究の名著です、石川九楊さんの大労作から、顔真卿に言及されたくだりを引いておきます。

「はっきりと言ってしまえば、これまで検討を加えてきたように顔真卿の楷書は、初唐代の楷書とは比較にならない醜悪な書である。(略)にもかかわらず、黄庭堅も蘇軾も高村光太郎も口をそろえて、「書き手が見えるような思いがする」と書いている。「書き手が見え、書き手の息づかいが見える」、ここに筆蝕が表現を盛るまでに至った顔真卿の書の歴史的な段階がある。」

                       (石川 九楊   『中国書史』)

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この記事へのコメント

sakaho
2019年03月10日 21:05
顔真卿の書体は、強く入り最後ははねて収めるところに特徴があり、現代の明朝体のもとになっているんだそうですね。力強い筆力による重厚で理知的な書風は、正論を通したため何度もなんども左遷された、顔真卿の生き方そのもののように思いました。

残念ながら観に行くことができなかったけれど、知り合いから図録を借りて行った気分になりました。この図録、中国の書の歴史などもわかりやすく解説されていて、とても勉強になりました。
ミニヨン
2019年03月17日 06:05
SAKAHOさま、コメントをありがとうございます。はい、この展覧会図録も充実しています。が、同じ東博での書の展覧会ですが、2013年1月にあった王羲之展の図録は、これはもう、「幻の書」を扱った見事なものでしたよ。顔真卿、王羲之を抜く、にはちょっとムリかも、でした(笑)。僕は、石川九楊さんの名著『中国書史』を勉強しています。

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