東京芸大美術館の「円山応挙から近代京都画壇へ」、これは名作が目白押し、必見でしょう


 滝の上に 水現れて 落ちにけり    (後藤 夜半)

 夜半(やはん)は虚子の弟子で、昭和の戦前戦後に活躍しました。本職は大阪北浜の証券マン。これは箕面の滝を詠んだ連作のひとつですが、高橋睦郎さんは「虚子の称える客観写生に徹することで客観写生を通り抜け、ほとんどコンセプチュアルの域に達した句」と解説してますね。確かにその通りでしょう。水の本性!を目の当たりにするようであり、なんとなく涼しくなります(笑)。

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 現在、上野の東京藝術大学美術館では、「円山応挙から近代京都画壇へ」展を開催しています。円山応挙の円山派、呉春の四条派の日本画の系譜が、250年の年月を経て、明治以降の竹内栖鳳(せいほう)や上村松園に受け継がれることを検証する、という企画展です。応挙の絵は、近年爆発的人気の奇想の画家たち、伊藤若冲・曾我蕭白・長沢蘆雪に比べると巧いだけで面白みに欠ける、という評も耳にします。しかし「巧い」画家のどこが悪い、です。僕は応挙は好きでした。その代表作や弟子たちの絵が鑑賞できるというので、炎暑のなかを上野のお山に行ってきました。

 今回の目玉は、なんといっても兵庫県の山陰海岸に面した香美町にある通称「応挙寺」、こと大乗寺(だいじょうじ)に飾られている、応挙や弟子たちが描いた襖絵の名品がズラリと並ぶところでしょう。それらのほとんどが重要文化財クラス。図録を接写して、ご覧に入れましょう。まずは、その大乗寺の実景画像をどうぞ。襖絵、お寺ではこんな具合に展示されています。

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 弟子のひとりの山跡鶴嶺(やまあとかくれい)が描いた応挙像を紹介します。円山応挙(1733~1795)は、京都府の亀岡に農民の子として生まれ、京の玩具商の丁稚となった際に、のぞき眼鏡に使う絵を描くことからキャリアをスタートさせたといいます。15歳のころに狩野派の絵を学んだそうです。その応挙が始祖となったのが円山派、また最初は与謝蕪村の弟子でありながら、応挙に学びだし、独自の画風を確立した呉春(1752~1811)が始祖となったのが四条派です。今回はこの呉春の絵の魅力にも開眼することが出来ました。

 展示物のなかに面白いものがありました。「大乗寺文書(円山派名簿)」です。応挙、呉春、蘆雪などの名前がちゃんと出ています。

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 では、その襖絵、順に紹介します。まずは応挙の名品「松に孔雀図」、応挙が亡くなる直前の作ですね。円熟の極みです。老衰していたはずの応挙、山陰海岸まで旅出来たわけはありません。というか、縁あって大乗寺の襖絵群を制作したのですが、応挙自身は一度も現地を訪ねたことはないそうです。ほとんど京の町を離れなかったよし、そこは旅好きだった池大雅などとは大違いです。次はガラリと趣きを変えて、やはり応挙の「郭子儀図」、カラフルな人物画です。こんなスタイルでも描けたのですね。

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 続いては呉春です。これはいかにも山水画という「群山露頂図」、神韻縹渺ですね。そしてこれもいい、「四季耕作図」、農民たちの顔が活き活きとしています。

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 さて大乗寺を離れて、今回の出展作に。与謝蕪村の「郭子儀図」に呉春の二点です、「巌上孔雀図」と「松下游鯉図」、どれも見事です。

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 そして応挙の弟子でありながら、現在では「奇想の画家」のひとりとして人気では師匠を凌ぐでしょう、長澤芦雪です。「孔雀図」と「花鳥図」。紀州は串本の通称「蘆雪寺」は10年ほど前に訪ねました。

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 円山派・四条派の系譜に連なる絵師たち、こんなひとたちもいました。幸野楳嶺(こうのばいれい)の「敗荷図」、その弟子の竹内栖鳳の「春暖」、子犬がかわいいです、そして栖鳳の弟子であった上村松園の美人画の代表作「娘深雪」です。

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 さらに同派の絵師たち、猿の絵といえば森狙仙の「雪中燈籠猿図」、岸駒(がんく)の「松虎図」、そして最近注目されていますね、木島櫻谷(このしまおうこく)の鹿を描いた「しぐれ」です。この「しぐれ」は、第一回文部省美術展覧会で日本画の最上位となる一席を獲得したそうです。

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 愉快な絵がありました。円山派・四条派の絵師たちが総勢28名で描いた「魚介尽くし」です。スズキやハモ、フグといった魚類をひとりがひとつを写生して署名しています。幸野楳嶺や塩川文麟といった同派の大家の名前もあります。明治5,6年の制作のようです。なるほどこうやって活気ある近代の京都画壇が形成されていったのでしょう。

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 まだまだ紹介したい佳作はありますが、このあたりでおしまいにします。9月3日からは後期に。大規模な展示替えがあるよし、後期もまた上野のお山に観に行きましょう。最後に、美人画です。応挙先生の「江口君図」、そしてこれは意外でした、長澤芦雪の美人画「大原女図」です。いいですよ。

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 お別れの引用句です。上田秋成は毒舌家ぶりを発揮しましたが、応挙のことをこんなふうに評していますね。珍しくちょいとホメているようです。

「絵は応挙が世に出て、写生といふ事のはやり出て、京中の絵が皆一手になつた事じや。これは狩野家の衆がみな下手故の事じや。(略)応挙は度々出会したが、衣食住の三つにとんと風流のない、かしこい人じやあつた。」

          (上田 秋成 『膽大小心録』)

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