富山県美術館では「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》2019」展が始まりました。オープニングに参加しました。


 為にする 俳句はしらず 初しぐれ     (加藤 郁乎)

 句集『初音』から引きました。この句集は1998年の刊行。イクヤ―ノフ氏晩年の句が並びます。俳句とはなにか、というモチーフも近代俳句以来よく詠まれますが、『初音』にもかなり目立ちます。こちらは冬季の作ながら、「俳人に遠い人ゐる寒さかな」なんて作も。ともに凡庸な俳人を揶揄したものでしょう。さあ今回の記事は、郁乎氏とも交流があった現代美術家の加光於さんの展覧会について、です。

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 まずご覧ください。加納光於さんの最新作「海燕のセミオティク」、大きな油彩作品です。この作品の名を展覧会タイトルのメインに用いた『瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》2019』展が、富山県美術館で11月1日から12月25日まで開かれています。10月31日はそのオープニングでした。僕も富山市に向かいました。北陸新幹線、あの台風19号による大雨で千曲川が氾濫し、車両センターが洪水に襲われてしばらくは運転の見通しが立たず、どうなることかと案じましたが、幸いに復旧、東京駅から二時間余りで到着でした。開展式は15時から。館長の雪山行二さん、加納さんご本人らのご挨拶に続いて富山県の知事も交えてのテープカットでオープンです。

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 展覧会フロア、最初は「加納光於の版画 詩人との出会い」と題されたコーナーです。1955年に刊行された加納さんの最初の版画集『植物』や、それを観て感銘を受けた瀧口修造がプロデュースしたタケミヤ画廊での加納さんの個展の案内葉書などが展示されています。加納さんご自身が作品解説をしてくださいました。

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 瀧口修造は、このころの加納さんの版画作品を「骨ノ鏡」Miroir osseuxという言葉で呼んでいます。まさに「星・反芻学」の形象などその言葉にぴたりとあてはまるようです。しかし60年代の加納さん、ただの版画表現に満足されず「Mirror、33」など加工した亜鉛板そのものをメタルワークとして提示するシリーズや、「SOLDERED BLUE」シリーズに挑戦されます。

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 次の2章は「瀧口修造 詩人が描くとき 加納光於とアンリ・ミショーと」と題されています。詩人であり美術評論家という「書くひと」である瀧口が「描くひと」になるのは、加納さんとミショーの作品からの影響が大きい、というのでこう命名されました。1960年から始まった瀧口のドローイングやデカルコマニー作品が展示されています。瀧口作品のコレクターである僕と同い年の土淵信彦さんからうかがうには、これらの作品、彼が銀行マン時代のボーナスで充分?購入できたそうですが、現在ではアーティスト瀧口作品の市場価格は高騰しているとか。いや初期の水彩ドローイングなどなかなか魅力的ですよ。高くなるのも仕方ないでしょう(笑)。

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 瀧口に影響を与えたアンリ・ミショー作品、墨の作品「ムーヴマン」、それからパリでミショー本人と会った際に贈られた献辞付きのミショーの著作『ミゼラブルな奇跡』もご覧ください。

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 この3章こそがなんといっても今回の目玉です。「瀧口修造と加納光於 詩人と画家の交流と創造」と題されています。加納さんのカラーリトグラフの「稲妻捕り」シリーズ、それに瀧口による詩文「《稲妻捕り》とともに」と加納さんのエンコスティック(蜜蝋)作品のコラボである『《稲妻捕り》Elements』、ここで実現されたふたりの協働(共同)作業こそが、真の意味でのアート・コラボレーションでしょう。

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 ふたりのコラボ作品としてはもうひとつ、『掌中破片』という詩画集も大事です。これが刊行されたのは1979年の3月でしたが、瀧口はその7月1日に75歳で急逝しました。ギリギリ間に合いましたね。

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 最後の4章「加納光於 1980年以後――瀧口修造に沿って」、瀧口が亡くなった翌年の1980年に、加納さんは最初の油彩作品「胸壁にて」を発表されます。以後、加納さんは色彩の追求を大きなテーマとして、油彩と版画の両方を用いながら、大作にも挑戦を続けられてきますが、それは亡き瀧口の存在を意識しての作品行為だったそうです。では、「色身――未だ視ぬ波頭よ」や「鳥影――遮るものの変容」などの他、ピアノを解体した部材を用いての立体作品「水夫イシュメールよ、お前が波頭に視たものを語れ」をご覧ください。

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 さて会場フロアでは加納さんを囲んで、作品にまつわるお話しが弾みました。ちょうど加納さんと、加納さん作品のコレクターで加納さん論の著作もある馬場駿吉さんと僕を前にして、軽井沢からお越しという巌谷國士さんが加納さん論?を展開されたところをスナップで撮っていただきました。当日の盛り上がりをご想像ください。

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 ところで来月12月7日(土)です。この日はちょうど瀧口修造の誕生日なのですが、14時から美術館の3階ホールにて僕が講演「詩人 加納光於 ――稲妻捕りの詩学」を行ないます。目下準備中ですが、とにかく今回の展覧会図録がとてもよく出来たものですので、ヘタなことをやったら「すでに図録にあります」です。加納さんの作品にさらにじっくりとお付き合いして、そして瀧口の残した言葉を深く読み込まねばなりません。頑張ります。

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 最後にお別れの「折々の引用句」です。今回の展示には、瀧口と加納さんの往復書簡も多数出展されています。また図録には、岩崎美弥子さんが痒いところに手が届くような、実に丁寧な解説を寄せてくださっています。会場ではいくつかの書簡の文字をじっくり追ってみたりしましたが、そうそう、瀧口からの手紙には速達がやはり多いですね。急ぎの用件が特にないような場合でも、瀧口は速達にした、というのは「なるほど」です。シュルレアリストは速度を重んじます(笑)。

 では引用句、加納さんから瀧口へのエアメールの一節としましょう。

「LIBERTY PASSPORT いつも胸ポケットに入れてあります。失語症の街なれど
 「ことば」が胸いっぱいに広がることがあります。
 奥様によろしくお伝え下さい。」

               (加納光於から瀧口修造へ 1967年8月27日付 絵葉書(ストックホルムから))

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